”苦手”は変えられる。――体の声に耳を澄ませた夏
今年の夏も本当に暑いですね…。
実は私、数年前までは「夏」が一番苦手な季節でした。
30℃を超えると気力も体力も奪われて、まるで魂が抜けたようになってしまう。
しかも汗っかきなので、不快でしかない。
それが、急に夏が苦手じゃなくなり、気温が30℃を超えても元気でいられるようになったのです。
あれ? どうしてだろう――
そう思って、ふと数年前の夏のある日のことを思い出しました。
その日も暑くて、じっとしているだけなのに首筋から汗がだらだらと流れきて、「暑い…しんどい…」と思っていたときのこと。
ふと、ある感覚が湧いてきました。
――ああ、ちゃんと暑さを感じて、汗を出してくれてるんだな。
それはなんてことのない瞬間でしたが、なぜか胸にスッと入ってきて、妙に腑に落ちたのを覚えています。
当たり前のようにかいているその汗は、体が体温を下げようとしている証拠。
命を守るための、ごく自然な、生理的な反応です。
その当たり前が、そのときはとてもありがたく思えました。
それから私は、汗を「不快なもの」としてではなく、「ちゃんと生きている証拠」「きちんと体が機能している証拠」として受け取るようになりました。
だから私は汗をかくたびに、自分の中の「生命力」実感する。
――思い返せば、それまでも同じような夏を過ごしていたはず。
なのに、なぜその年だけ、そんなふうに感じられたのか。
それは、少しずつ自分の体に意識を向けるようになっていたからだと思います。
「暑いからしんどい」「汗をかくから嫌だ」とただ反応するだけでなく、体の内側で起きていることに、耳を澄ませるようになっていたからなのだと思います。
そんな小さな変化が、自分の感じ方を大きく変えていったのかもしれません。
ここ数年、北海道の夏も変わってきて、私が住む場所でも30℃を超える日が珍しくなくなりました。
でも、そんな夏を迎えるたびに私は、「今年も夏を満喫できたなぁ」という感覚を、ちゃんと覚えているのです。
苦手だったはずの夏が、いつの間にか味わい深い記憶として、人生の1ページのように残るようになったこと。
それは季節や環境が変わったからではなく、私自身の“体との向き合い方”が、少しだけ変わったからなのかもしれません。
実感するほど夏を味わったという記憶。
お風呂上りに噴き出す汗、木陰の涼しさ、夜風の心地よさ、暑くて眠れない夜――生きているという体感。
そんなひとつひとつが、私に「生命力」という言葉の意味を教えてくれている気がします。
ふだんは何気なく流れていく日常のなかにも、こんなふうに「体の働き」に気づく瞬間がある。
そうした気づきが少しずつ増えていくたびに、自分の体と少しずつ仲良くなっていける気がしています。
ちょっとしたことだけど、「汗をかいてる=体がちゃんと反応してる」って思うだけで、気持ちも体感も変わるんですね。
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ところで、ある休日、30度を超える暑さを避けて、ちょっと涼しい支笏湖へ。

目からも涼しさを受け取ってきました。
風も心地よくて、ほんと気持ち良かった!


